JMIUの活動紹介

 JMIUの活動を「金属労働新聞」より紹介します

 JMIUは月2回(5日、20日)に機関紙「金属労働新聞」(タブロイド版4ページ・1部100円)を発行しています。このページはその中から1面を中心に主な記事を紹介したものです。

結成20周年を機に、真の産業別労働組合へ
――JMIUの20年の歩み

JMIUは2月27日で結成20周年を迎えます。20年間の歩みは、真の産業別労働組合への挑戦の歴史でした。

金属労働者の闘いの砦、12000人結集
 JMIUは、池貝における指名解雇撤回のたたかいなど、労働戦線の右翼再編に反対する「金属連絡会」の運動の上に、1989年2月27日、293組合・12000人が結集し、金属労働者のたたかいの砦として結成されました。
 同年11月には、たたかうナショナルセンターである全労連も結成されました。

産業別団交を軸に「合意協力型」労使関係を
 JMIUは結成当初から産業別統一闘争を強化。春闘では、「3月決着」の方針のもと、統一ストを背景に連合相場を上回る「JMIU相場」をつくりだしてきました。
 バブル経済の崩壊、「新時代の日本的経営」路線と春闘解体攻撃の強まり、中小企業の倒産・経営危機が深刻化するなか、「雇用」「くらし」「将来展望」「労使関係」の四課題を提起。産業別団交を軸に、「合意協力型労使関係」の確立をめざしています。

事件解決から労働組合づくり型労働相談
10・5青年雇用大集会・パレード
(2008年10月5日 東京)
 JMIUは、「組織建設が要求実現に直結する」という立場から、組織建設に全力をあげています。
 この間、地域支部の結成と活動、未組織宣伝と労働相談、「事件解決型から組合づくり型へ」などの組織方針を提起し、全国で実践が積み重ねられ、組合員拡大が前進しています。昨年秋からの「派遣切り」とのたたかいのなか、今年度はすでに1000人以上の仲間を迎え入れるなど、増勢に大きく転じる飛躍をつくりだしています。
 「二方面」、平和行進はじめ平和の闘いもJMIUは、「二方面のたたかい」の方針のもと、政治や社会のしくみを変える社会的なたたかいを重視しています。年金改悪や労働法制改悪など、重大な悪政の強行の際には、全国的なストライキに決起してたたかいました。
 「平和があってこその労働運動」との立場で、平和・憲法の課題でも奮闘。被爆50周年の1995年以降は毎年、東京・広島間の「平和行進」をリレー旗でつないでいます。平和行進には全国で毎年、約1000人の組合員・家族が歩いています。原水禁世界大会には、若い仲間を中心に多くの仲間が参加しています。

資本の横暴とのたたかいの連続の歴史
 JMIUの20年間の歴史は、資本の横暴とのたたかいの歴史でした。
 1990年代前半、大企業の海外進出にともなう「産業空洞化」とのたたかい。徳島・船井電機闘争が倒産解雇のたたかいで親会社に賃金支払いを命じる画期的な判決を、三立電機闘争が、新会社の設立、親会社サンヨーに仕事発注を保障させました。
 JMIUといえば「丸子警報器」の臨時社員のたたかい。1993年、臨時者28人が長野地裁上田支部に賃金是正を求めて提訴。97年3月、「人はその労働に対し等しく扱われなければならない」、正社員賃金の8割以下となるような差別は「公序良俗に反し違法」とする画期的な判決をかちとりました。これは、パート労働法などその後の労働行政にも大きな影響を与えました。
11・9日亜集会(2008年11月9日)
 1999年、ルノーから送り込まれたゴーンは、村山工場の閉鎖など「日産リバイバルプラン」を発表。全労連が全面的に支援するなか、翌12月には3300人が現地大集会、年明け一月には、日比谷野外音楽堂を5000人で埋める大闘争となりました。
 信州工場閉鎖・JMIUつぶしとのたたかいとなった高見沢電機闘争では、組合員100人が「希望退職」も子会社への転籍も拒否し、工場を守りぬき、現在もたたかっています。
 NCRの「座敷牢」隔離とのたたかい、民事再生のもと、企業再建・職場復帰をかちとった池貝など、数々の争議が展開され勝利をかちとってきました。

すべての仲間の賃上げと非正規労働者の闘い
光洋シーリングテクノの仲間
 JMIUは「すべての仲間の賃上げ」など、派遣・非正規労働者の要求をかかげて運動を強めてきました。
 トヨタの部品メーカー、徳島・光洋シーリングテクノでは、2004年、非正社員の仲間たちがJMIUに加入。全国で最初に「偽装請負」を告発、正社員化を求めてたたかい、直接雇用と正社員化をかちとりました。日亜化学の若者たちのたたかいは、「直接雇用」の約束破りとの、あらたなたたかいになっています。
 光洋シーリングテクノと日亜化学の仲間たちのたたかいは、「貧困なくせ」の世論と、労働者派遣法の抜本改正を求める全国的な運動を切り開きました。

「派遣切り」との闘いと組織建設の前進
「派遣切り」とのたたかいの「のろし」となった
いすゞ自動車支部結成(2008年12月9日)
 昨年秋以降、「派遣・期間社員切り」の攻撃が吹き荒れています。
 いすゞ自動車ではたらく期間社員・派遣社員の仲間たちがJMIUに加入して、たたかいに立ち上がり、マスコミも大きく報道しました。このたたかいは、全国の派遣労働者・期間工の仲間を激励。労働者派遣法抜本改正をめざす運動と結合し、大きく前進しています。
 「雇用を守れ」と、外国人労働者も立ち上がっています。500人以上を組織している静岡・愛知から、全国にひろがる勢いになっています。
 昨年開かれた第40回定期全国大会は、「結成20年を機に、真の産業別労働組合へと前進しよう」とよびかけました。
 いまJMIUは、20年の輝かしい歴史の上に、あたらしい時代へと大きくはばたきます。