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家族の生活破壊し、こどもの夢も奪う
いすゞは我われ経験者を職場復帰させよ

いすゞ非正規切り裁判原告 五戸豊弘


 9月21日、東京高裁で松本さんとともに意見陳述したいすゞ非正規切り裁判原告・五戸豊弘さんの訴えの要約を紹介します。

家族の生活も破壊

 私がいすゞで働きはじめたのは、2005年12月21日のことです。正社員として働いていた会社をリストラされ、家族の生活を守るために生懸命仕事を探しました。ようやく見つかったのが、いすゞ自動車栃木工場の仕事でした。シースタイル(派遣会社)の面接で、いすゞならずっと長く働けますと言われ、安定した収入で家族を養えると思い、いすゞで働くことにしたのです。
 以来、.掘璽好織ぅ襪稜標労働者△い后兇隆間工再度シースタイルの派遣労働者と切り替わりながら、3年1カ月働きました。自分の生活費を切り詰めて、給料の大半を故郷の家族に送金していました。しかし、いすゞがプレミアライン(2007年11月の吸収合併でシースタイルからプレミアラインに)との契約を打ち切ったことが原因で、プレミアラインから2008年12月26日付けで解雇されてしまいました。いすゞは、私たちの解雇にあたって、何の手当もしてくれませんでした。
 解雇後は失業保険の仮給付を受給しましたが、1カ月15万円くらいの失業給付のうち、10万円を家族に仕送りしていました。食事は1日1食、生活費をギリギリまで切り詰めました。水しか飲めない日もありました。体調が悪くても、医者にも行けず我慢して寝ていました。
 それでも、家族の生活費をまかなうことができませんでした。長男は、2009年4月に公立大学に推薦入学できたのに、家族の生活費を稼ぐために大学を中退しました。保育士になりたいという夢を持って大学に進学したのに、いすゞの解雇によって、夢を絶たれてしまいました。
長女も、洋服のデザイナーの専門学校に行くという夢をあきらめました。次男も、2009年4月に中学校に進学しましたが、中学校の制服やジャージを買うお金がなく、親戚をまわって借金し、ようやく買いそろえることができました。部活で卓球をはじめましたが、シューズを買うことができず、同級生の親御さんから、シューズを何足かもらいました。
 いすゞによる解雇は、私の生活だけでなく、家族みんなの生活を破壊し、子どもたちの人生を狂わせたのです。
 東京地裁の判決は、いすゞが、偽装請負やクーリング期間の悪用などの派遣法違反を認めました。しかし、違法に私たち非正規労働者を使い続けたいすゞが、何の手当もなしに、私たち非正規労働者から仕事を奪い、家族の生活を破壊したのに、判決は、いすゞの責任を認めませんでした。非正規労働者を違法に使い、都合が悪くなれば切り捨てることを認めるもので、労働者とその家族の生活をまったく無視する判決です。

なぜ非正規労働者だけが

 東京地裁の判決は、正社員と臨時従業員には「明瞭な差異」があるなどと述べています。
 しかし、正社員も私たち非正規労働者も、工場では、まったく同じようにラインの一部を担当しています。
 しかも、工場の仕事は、労災がしょっちゅう起きる危険な仕事です。私も、機械で何度か手を切ったことがあります。正社員であれば労災にしてもらえる怪我も、非正規労働者は、「カットバンを貼っておけ」などと言われ、労災にしてもらえませんでした。
 私たち非正規労働者は、正社員と違って、残業や休日出勤を断れません。断れば、いすゞで働き続けることができなくなるからです。
 今日のいすゞがあるのは、私たち非正規労働者のおかげでもあると思います。非正規労働者だけ、会社の都合が悪くなると、何の手当もなく切り捨てられるというのでは、到底納得がいきません。

だまし討ちで「退職願」

東京地裁の判決は、私が期間工から派遣労働者に切り替えられたことについて、私が退職願によりいすゞを退職したと述べていますが、これは、退職願がとられた経緯を無視するものです。
 私は、いすゞで働き始めてから解雇されるまで、派遣会社の現場監督に面倒を見てもらっており、その監督が契約書に署名。私は、契約が更新されたことも知らずに働いていました。
 派遣労働者から期間工になったことも、期間工になった後で知らされました。いすゞからは、何の説明もありませんでした。期間工になった後も、監督が勝手に更新の契約書に署名していました。私には何の説明もありませんでした。そのため、私は、契約のことは意識せず、監督のいうとおりにしていれば、このままいすゞで働き続けられるものと考えていました。
 むしろ、監督のいうことを断れば、いすゞで働けなくなり、家族に仕送りもできなくなってしまうと考えていました。
 そのような状況で、監督より「形式的な書類だから」と言われるままに書類にサインしたのです。私は、いすゞで働き続けるために書類を書いただけで、退職のための書類を書いたつもりはありません。
 しかも、監督は、「このまま期間工でいるのであれば、今のアパートを出て、いすゞの寮に入ってもらうことになります。相部屋で風呂・トイレも共同。自炊もできません」「期間工は2年11カ月しか働けないですよ」「派遣に戻った方が長く勤められますよ」などと言いました。
 私は、いつも面倒を見てくれている派遣会社の監督の言葉だからと信用し、言うとおりにした方がいいと思いました。しかし、実際には、期間工のままでも、寮を出て行く必要はありませんでした。期間工だと2年11ヶ月しか働けないという事実もありませんでした。派遣のほうが期間工より長く勤められるというのも嘘でした。本当のことを告げられていれば、私は、退職願を書くことはありませんでした。
 東京地裁の判決は、私をだまして取った退職願を根拠に、私が、「いすゞを退職した」と述べていますが、私は、いすゞで働き続けるために退職願を書いたのであって、到底納得のいく話ではありません。
 私は、今でもいすゞに職場復帰したいと希望しています。いすゞで働いていたときには、きつくて危ない仕事でしたが、充実感を持って働いていました。給料で家族の生活をまかない、子どもに勉強させることができました。そのような生活をふたたび取り戻したいと思っています。
 いすゞは、リーマンショックの影響を少ししか受けず、2009年7月には恒常的に残業が発生し、その後期間工を募集、今も募集しています。いすゞで何年間も働いてきた私たちを職場復帰させることは、いすゞにとっても利益になるはずです。
 私たち非正規労働者やその家族が置かれた実情をご理解いただき、徹底した審理をしていただきたいと思います。


(9月21日、東京高裁弁論での意見陳述より)



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