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期間労働者だからと、なぜ簡単に解雇できるのか ―― いすゞ控訴審 原告意見陳述

 いすゞ自動車非正規切り裁判の控訴審がはじまった9月21日、東京高裁で原告の松本浩利(支部委員長)さんと五戸妬豊弘さん(支部書記次長)が意見陳述しました。以下は松本さんの意見陳述です。当日は100人が入る傍聴席が満席となりました。次回裁判の期日は、11月13日(木)15時〜(101号法廷)です。

 いすゞは2008年11月中旬、栃木工場と藤沢工場で働く機関労働者と派遣労働者の全員、約1400人の解雇をおこなってきました。
 2012年4月16日に言い渡された東京地裁の判決は、休業期間中にカットされた賃金の支払い請求は認めたものの、地位確認請求も損害賠償請求もすべて否定するものであり、怒りをおぼえます。

正社員と同じ仕事
 私は2005年6月10日からシースタイルの請負労働者としていすゞ栃木工場で働き、その後派遣労働者、期間労働者となって2009年4月7日に雇い止めされるまで3年10カ月にわたり働いてきました。
 仕事は請負労働者のときから一貫してエンジン部品などの搬送、格納作業で、いすゞの正社員と混在し、正社員と同一の業務に従事してきました。私はこの仕事に誇りと自信をもっています。
 仕事は、資格を必要とするフォークリフトに乗って、部品を搬送・格納する作業でした。格納する場所を間違えると、間違った部品によってエンジンを組み立ててしまうことになるめ、たいへん神経を使います。
 栃木はエンジンを作っている工場なので、まちがったものが藤沢工場に運ばれ車両に取り付けられると、取り返しがつかない重大なミスとなります。私は、棚についている番号を2回、部品の番号を2回確認し細心の注意を払いながら仕事をしてきました。
 このように私は、正社員と同一の基幹的・恒常的な業務に三年十カ月にわたって従事してきました。期間労働者だからとなぜ簡単に雇止めされてしまうのか、とうてい納得できません。

必要性はなかった
 東京地裁の審理で、いすゞに人員削減の必要性がなかったことが明らかになっています。
 いすゞは、私たちを雇い止めする前に、二度にわたって当初553人いた臨時従業員を7人にまで減らしました。いすゞの渡邉正夫総務人事部長は、7人の人件費について、「いすゞの経営に響くような数字ではない」と証言しています。
 また、私たちの雇い止めを強行する前月の2009年3月におこなわれたSPI承認会議では、同4月を底に販売要求や業績は右肩上がりに回復すると見込まれ、事実四月を底に生産も出荷も増え、残業も7月には平均4・2時間となり、その後も増えています。
 私は3月の団体交渉にも出席しましたが、いすゞはこのSPI承認会議の資料を提出しませんでした。いすゞは、4月を底に業績が右肩上がりになることを隠したまま、私たちの雇い止めを強行したのです。
 人員削減の必要性もないのに、私たちJMIU組合員を職場から排除するために本件雇止めを強行したのです。
 SPI会議に出された右肩上がりのグラフについて、東京地裁判決は「本件雇止めの必要性を否定する程度に確実視できる状況にはなかった」と認定しましたが、なぜこんなにいすゞの肩を持つのか、不公平です。

支援者の援助で
 私は、3年10カ月の間で、1回だけ体調不良で事前連絡のうえ遅刻した以外は、無遅刻・無欠勤で働いてきました。
 残業や休日出勤も、正社員は用事があると言って断わることがありました。私は二〜三回以外、断わったことはありません。私なりに、一生懸命いすゞのために貢献してきたつもりです。
 いすゞの期間社員になってから私の年収は400万円ちょっとになりました。昇給がないなどの不満はありましたが、今までの仕事で一番よい給料でしたし、いすゞのために一生懸命働こうと思っていました。
 現在の生活状況は、いすゞで働いていたときに比べると、たいへん厳しいものです。2011年4月から医療生活共同組合でパートの事務職員として働いています。1カ月の手取りは11〜12万円で、いすゞで働いていたときの半分以下です。生活を切り詰めるだけ切り詰めて、米などの食料は支援者から援助を受けて、なんとか食いつないでいる状態です。
 いまの低賃金では、生活が不安定で将来のことがまったく考えられません。ですから私は、どうしてもいすゞに職場復帰したいのです。
 裁判官におかれては、雇用不安なく普通に働き続けたいという私の願いを理解して、職場復帰を認めていただきたく、お願いします。


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