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全国各地で3・11メモリアルデー ――長野 NO!原発集会 前田鉄工所から85人

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1000人が参加した長野市での集会

東日本大震災からまる1年となる3月11日、全国各地で被災者救援、震災復興、脱原発を求める行動がくりひろげられました。長野、東京、川崎からのレポートです。
 3月11日に長野市南千歳公園でおこなわれた「NO!原発3・11長野県大行進 in ながの」に、前田鉄工所支部からは組合員85人が参加しました。
 集会には長野市周辺から約1000人が参加、同時開催の松本市でも1800人で集会がおこなわれました。
 JMIU長野地本は、組合員への積極的な参加をよびかけ、長野、松本、上田、佐久の4カ所での集会に160人が参加しました。
 東日本大震災では多くの人命が失われ、私も震災当日はJMIUの春闘戦術会議で東京におり、帰宅難民になる憂き目にあいました。自宅に帰れず、都内をさまよいながら見た被災地のまるで戦場を思わせる光景は未だ忘れられません。
 政府・電力会社は、危険な原発を安全だと国民をだまして乱立させ、自分たちの利益を得て、この国を危険にさらしました。その後も原発事故の影響で被害は拡大し、今も終息の目途は立っていません。それにも関わらず、被災地復興から目をそらし、増税だ、解散だと政局にのみ終始する政治の動きに腹立たしさを覚えます。(M)


東京・井の頭公園に8000人

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東京・井の頭公園

東日本大震災と福島第一原発事故から一年となった3月11日、犠牲者を追悼し、震災からの復興や原発なくせの願いを込めた全国各地の行動。東京でも網の目のように集会が開催され、井の頭公園での「震災復興、なくせ原発3.11行動in東京」には8000人が集まりました。JMIUからも地元の東京西部地協の仲間を中心に約100人が参加しました。
 舞台に上がった岩手・宮城・福島の被災者からは、いまだ多くの人が仕事に就けていないこと、仮設での過酷な生活とその後の住宅確保への不安、健康破壊の実態、そして、原発事故・放射能汚染によって県内外での避難を余儀なくされている福島の人々のいまが語られました。
 私は集会後パレードをしながら、被災地にとってはこれからが始まり、三年後も、五年後も、震災と福島のことを忘すれないようにしようと心に決めました。(H)


川崎ではメーデーを越える規模

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川崎市内をパレード

3月11日、川崎市中原平和公園(米軍基地印刷センター返還跡地)で、「原発ゼロへのカウントダウンinかわさき」が開かれました。参加者は1650人。集会終了後は元住吉駅の商店街(ブレーメン通り)約800メートルを通り、人通りの多い武蔵小杉駅で解散しました。
 これまで川崎市駅近くではメーデーなどで千人を超えるデモはありますが、中原区の平和公園近くでは1000人を超えるパレードは初めて。日曜日の混雑する商店街では、事前の宣伝やあいさつなども実行委員会で実施していたこともあり、「原発いらない、子供をまもれ、いのちをまもれ」などとともに、「核兵器をなくせ」の訴えに、沿道から多くの応援がありました。
 参加者も決意を新たにする楽しい1日の行動で「原発ゼロ・核兵器全面禁止」まで組織を広げ毎年やろうと参加者からの声があり、大きく成功しました。
 集会の成功に向け、川崎市内在住の1500人以上からよびかけ人・賛同者が募られ、世論を作り上げ準備されました。(Y)


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