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 たくさんの願い集め、広島〜長崎を歩き終えて

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医療労働者の若い女性とともに。左端が五十嵐さん
(7月18日 北九州・小倉)

2009年の北海道―東京、2010年東京―広島に続き、今年、広島―長崎を通し行進しました。
 7月4日、雨のなかの広島・平和記念公園を出発。瀬戸内海にそって、基地の街岩国、原発建設がすすめられている上岡町、県都山口市から日本海側の萩市、長門を通過し下関から福岡・門司へ。福岡ではJMIU福岡地本の雪竹委員長はじめ組合員がのぼりを持って参加。JMIUの旗をつなぎました。
 今年は福島原発事故、九州電力による「やらせメール事件」が起こっているなかでの平和行進。福岡では九州電力に抗議し、アメリカ領事館には「核兵器全面禁止条約締結を」と要請しました。
 佐賀県では学徒動員で長崎の軍需工場に動員され原爆の被害にあい亡くなった生徒の原爆殉難者之碑が、佐賀商業と伊万里商業にあることが最近分かり、行進団として初めて献花することができました。
 長崎では、大村湾沿いを歩いて終結点である長崎市の原爆中心碑がある松山公園へ。
 被爆地長崎での行進は、福島原発事故による放射能被害と原爆の被災が重なるなか、「安全神話」が崩れ、各自治体首長のあいさつでも原発への不安が語られました。
 福岡では、民医連加盟の看護師など大勢の若い女性職員がともに先頭を歩いてくれました。署名を届けてくれる人、カンパを手渡す人、ダンボール一杯の果物を差し入れてくれる人、畑仕事の手を休め合掌するお年寄りなどなど、核兵器廃絶、原発ゼロへのたくさんの方々の願いを集めながらの行進になりました。(2011年国民平和行進、広島〜長崎コース通し行進者・五十嵐成臣)


核廃絶へ草の根から
―原水爆禁止世界大会・国際会議で発言

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荒川さん兄弟とともに(8月4日 広島)

JMIUリレー旗をつなぐため金属反合の仲間と広島を歩き8月4日、広島市平和公園に到着したその足で原水爆禁止世界大会・国際会議(広島)に参加。分科会「核兵器禁止条約の交渉開始、世論と運動の前進を」で、JMIUを代表し、被爆50年の1995年から17年間、全国で約1000人が参加する平和行進を中心とする草の根の運動について発言しました。
 東京から広島まで各職場の組合員がつなぎ、広島は東京をはじめ各地から仲間が集まり、キャンプしながらつないでいること、今年も3年連続でJMIUとして五十嵐さんが広島から長崎コースを行進したこと。
 私にとっては、二つの感動を得たこと。一つは広島県・福山市の荒川拓哉君(中学1年)と和真君(小学4年)の兄弟が広島県内十日間を、親元を離れ金属反合の仲間と行進してくれたことです。2009年に通し行進者としてオバマのマスクを持って行進した際、済美中学校の昼食のとき会話、金属反合とも仲間になり、昨年の通し行進者・大越文さんがさらに親友になり、「来年は広島県内を歩くと約束」しての参加。今年広島で会ったときは、立派な金属反合の行進団員でした。
 もう一つは、大人であれば、「核兵器のこと」「原発のこと」、そして平和のことについて知ったかぶりであったり、無関心であったりするのに、この兄弟は、知らないことはよく質問をし、皆の話をよく聞き学習していることです。
 ゴール3日前からは自分の言葉で「シュプレヒコール」をおこない行進団を元気づけ、沿道の人に真剣に呼びかけていました。
 この兄弟の成長と労働組合としてのとりくみ、そして自ら学んだことについて発言し、会場の大きな拍手を受けました。(神奈川・矢部常次)


核兵器禁止条約へ交渉を
―原水爆禁止世界大会 JMIUから41人

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ノルウエーと米・ネバダの海外代表団から贈呈された
脱原発の横断幕とともに(8月9日 長崎)

「核兵器禁止条約の締結を」「原発からの撤退を」――。原発事故を受けて開催された2011年原水爆禁止世界大会は、核兵器廃絶とともに、原発からの脱却を世界によびかけました。長崎大会にJMIUから41人が参加。バン・ギムン国連事務総長がメッセージを寄せ、長崎両市長が連帯あいさつしました。
 今年の世界大会には国連・政府代表、反核平和団体など25カ国87人の海外代表はじめ7800人が参加。長崎大会に先立つ国際会議・広島集会にはJMIUを代表し矢部常次さん(神奈川)が参加しました。
 海外代表を含め起草された「国際会議宣言」は、核兵器禁止条約の交渉開始を求め、秋の国連総会、次回NPT(核不拡散条約再検討会議)に向け、「核兵器全面禁止アピール」署名をはじめ、世論と運動の結集をはかること、「核抑止」政策の打破、原発依存からの脱却を求めるこうはんな運動との連帯をよびかけました。
 7日の長崎大会・開会総会。JMIU代表団は、3年連続で平和行進の通し行進者を務めた五十嵐成臣さん(今年、広島―長崎コース)とともに、東京から広島までつながれたリレー旗をもって登壇し、五十嵐さんがあいさつしました。2日目は草の根運動交流、原発問題の分科会とともに、全造船三菱重工支部OBの案内で、片足鳥居から平和公園、原爆資料館など遺跡めぐりをおこないました。
 代表団員は、「実際に目でみて原爆の被害の大きさを実感」「核兵器廃絶と脱原発へ、微力でも一人ひとりの力を集めることが大事」など、それぞれに思いを新たにしました。


広島から長崎へ歩く
――福岡ではJMIUの組合員と

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福岡へ入る、JMIU福岡の仲間と(7月16日)

7月4日、広島・平和公園を雨の中出発した広島~長崎の平和行進は、7月6日、県堺の栄橋で山口県に入りました。
 和木町役場を訪問し岩国へ。駅前での署名行動(6・9行動)はわずか30分でしたが、30筆の署名が集まりました。
 7日は岩国市を訪問した後、周防大島へ。ここでは修学旅行生を民宿が受け入れ、農業体験と平和学習(広島市と提携)をおこなっているとのこと。遠くは青森からもきているとのこと。
 8日に歩いた上関では、原発建設で町を二分するたたかいが続いているとのことでした。九日は光市、下松市、周南市を歩きました。山口県では全市町村が非核・平和都市宣言をしているとのこと。下松市では、「宣言」のモニュメントがありますが、これは市内の三つの中学校の生徒が、平和学習の一環として交代で作った、手作りモニュメントが、市役所の玄関に展示されています。
 一昨年の北海道・礼文島から東京、昨年の東京から広島、そして今年の長崎で、北海道から長崎をつなぐことになります。長崎まで連日、炎天下ですが、8月6日、長崎・平和公園をめざし歩き続けます。
 7月16日からの福岡では、JMIUの仲間とともに歩いています。(広島→長崎通し行進者・五十嵐)


核兵器全面禁止条約を! 平和行進 東京を出発

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広島に向け、平和行進スタート 5月6日

核兵器全面禁止条約を! 核兵器も基地もない世界と日本を! 原発から撤退し自然エネルギーに転換を!――原水爆禁止2011年国民平和大行進が5月6日、東京・夢の島の「第5福竜丸展示館」前を出発。8月4日まで90日間の行進をスタートさせました。
 ゴールデンウィーク直後の出勤日という厳しい日程でしたが、全体で700人、JMIUからは生熊委員長を先頭に、東京、埼玉、神奈川、茨城などの各職場から54人が参加しました。
 今年は、3年連続となる五十嵐成臣さん(東京・リガク支部OB)が、広島〜長崎(7月4日、広島平和公園出発)間の通し行進に挑戦(一昨年北海道・礼文島〜東京、昨年、東京〜広島)、一昨年東京〜広島を歩いた神奈川の矢部常次さん(川崎支部)が、神奈川県の事務局を担当しながら県内を通し行進します。
 年配者を含め、港区芝公園の平和の灯前まで約12キロを歩き通した後おこなわれた平和行進・原水禁世界大会成功をめざす交流会。今年で礼文島から長崎までを通し行進することになる五十嵐さんは、「高校のときから参加し50年以上。退職してからもJMIUの看板を背負って歩けることに喜びを感じる」、今年は神奈川の行進で裏方も勤める矢部さんは「13日間、全体の世話をしながら歩く」と決意を語りました。
 今年で17年目となるJMIUのリレー旗行進は19日、神奈川が全日程つなぎ静岡に引き継がれました。

1万筆の「新アピール」署名推進 長崎に50人の代表を!
 今年、長崎で本大会が開かれる2011年原水爆禁止世界大会は、昨年のNPT(核不拡散条約)再検討会議での「核兵器のない世界」での合意を発展させ、核兵器全面禁止条約の締結を正面から求める「新アピール署名」が提起されるなか開かれます。
 JMIUは、原水禁大会までに1万筆の署名にとりくみながら、田倉副委員長を団長に50人規模の大型代表団派遣にとりくみます。


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