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平和行進リレー旗行進 広島をつなぐ

平和行進 広島・平和公園に到着(8月4日)

 東京から広島までJMIUのリレー旗は、各地本・支部の大勢の平和行進参加者で岡山まで引き継がれてきました。広島にJMIUの地本・支部がないため、今年も金属反合行進団が関東からかけつけリレー旗を持って広島まで行進しました。
 行進は7月26日、岡山の県境笠岡市から出発し、8月4日の広島平和公園までの10日間です。滞在費を節約すために、テントでキャンプ生活をして食事も自分たちで作りながらの行進です。
 今年は毎日5人から10人で広島を連日行進しました。
 連日カンカン照りの炎天下で、しかも梅雨時の大雨で山崩れや、道路陥没、鉄道線路復旧の工事が続く中での行進でした。熱中症にもならずケガもなく無事全員が平和公園につけました。
 最終地平和公園では、全国の通し行進者とともに、JMIUがリレー旗を東京から広島までつないだと紹介されました。

五十嵐さん先頭にリレー旗を
大阪地本が奈良・大阪で激励会

五十嵐さんと大越さん(前列中央)を囲んで(7月5日 大阪)

 「核兵器のない平和な世界の実現を一日も早く!」――。5月6日に東京・夢の島を出発した「2010年国民平和大行進」で、五十嵐成臣(東京・リガク支部OB)さんと大越文さん(新劇人会議)の二人が元気に通し行進を続けています。大阪地本では、二人の奮闘をたたえ、激励する集いを6月28日に奈良、7月5日に大阪で開きました。JMIUのリレー旗行進は、東京・夢の島から全コースがリレーされ、現在、兵庫県から岡山に入ろうとしています。
 五十嵐さんは昨年の北海道―東京に続き「通し行進」は二回目の挑戦。大越さんは、今年初めての挑戦された女性ですが、二人とも全行程の三分の二を過ぎて近畿入り。疲れも見せず猛暑や雨の中を連日元気に行進されています。
6月26日に京都から奈良県入り。二日目の最終地点となった斑鳩町役場前での集会を終えたあと、愛知県から参加されている田中さん(大越さんの知人)、奈労連・労働相談センターの藤垣さんの四人を東邦工機支部組合事務所に迎えて激励・歓迎会をおこないました。
 五十嵐さんは、滋賀県内で少し足を痛められたそうですが、真っ黒に日焼けされてお元気そうでした。大越さんは各地で歓迎を受け、60年以上たった今もなお、心に深い傷を背負っておられる被爆体験者の生の声を聞いて涙がとまらなかったことなどを熱く話されていました。
 また、守口市〜門真市〜枚方市の北河内コースとなった7月5日(月)には、最終地点の枚方市役所前での集会後、枚方市職労のご厚意で職員会館の会議室をお借りし、激励・歓迎会を開催しました。
 五十嵐さんは「東京〜広島は直線距離にすると900キロ程だが、平和行進は各地をジグザグに歩くため、私の万歩計ではすでに700キロは歩いています」と話されていました。激励会には田辺、大阪メーター、日立建機ティエラ、関西金属、地本書記局などから18人が参加してそれぞれ交流。「明日からも元気に広島まで歩いてください」と激励しました。

NPT シカゴ〜ニューヨーク

お互いにカメラ。メーデー集会に参加後、
パレードにエールを送る全労連代表団(5月1日 シカゴ)
ニューヨークでの集会・パレード前に、
国連前広場に署名を積み上げる。
みんなの後にもたくさんの段ボール箱。(5月2日)
シカゴEUの仲間に連帯の寄せ書きを手渡す
ニューヨーク最終日の朝、署名行動(5月4日) ニューヨーク行動・パレードを盛り上げる
(5月2日 ニューヨーク)

 JMIUニューヨーク行動代表団は、ニューヨークに入る前に、全労連の一行70数人とともに、シカゴ入り。地元の労働歴史協会の案内で、メーデーの起源となるヘイマーケット事件の記念碑前集会などに参加。昨年末、工場閉鎖攻撃に6日間の工場占拠でたたかい勝利した1110支部などUE(全米電機・無線・機械労組)と交流。「団結」「連帯」の寄せ書きを贈呈しました。
 翌1日のメーデーには10万人が参加。「オバマは約束を守れ!」の激しいコールが響きあいます。さすがメーデー発祥地。その歴史と迫力に圧倒されました。
 翌2日から4日までのニューヨークでの行動は、署名の積み下ろしなど裏方も手伝い、かなりハード。それでも最終日には市中心街・宿泊ホテルのまん前にあるマディソンスクエアーガーデン前で、出勤時のサラリーマン相手に、ドキドキしながら片言英語で署名の訴え。
 集まるのかな?と心配されましたが、終わってみると30分あまりで39筆。「ヤッター」と思わず拍手。

NPT・ニューヨーク行動
「核廃絶」へ世界動かす

青年部作成の『檄』をかかげパレード ニューヨーク 5月2日

 「核兵器のない世界」へ、いまこそ国際条約締結に踏み出せ――。5月3日からのNPT(核不拡散条約再検討会議)を前に、ニューヨークでおこなわれた国際行動。日本から日本原水協をはじめ約2000人、JMIUからも18人の代表(矢部常次団長)が参加。行動成功の先頭に立ちました。

 響きあう思い

 東京でいえば銀座。ニューヨーク中心街のタイムスクエアー交差点の一角、片側斜線を使った炎天下の集会。「こんなところでよく集会をやらせてくれたもの」と思いながら、国連本部に向けていよいよパレード。
沿道の市民に日本代表のおのおのから、折鶴が手渡されます。
「ノーモア・ヒロシマ」「ノーモア・ナガサキ」「ノーモア・ワァー」。全労連のパレード先頭でシュプレヒコールをあげるJMIUの新実さん、天神さん。エイサー踊りに加わる工藤さん。
沿道からもコールがおこり、拍手が続きます。パレードに加わる市民もいます。
沿道の市民と響きあうパレード。これが「アメリカ?」「核廃絶への世論のひろがり?」を実感。新実紀子さんは、「言葉や文化はちがうけど、核廃絶をとの思いは一つなんだと思いながら歩いた」。

 世論、国連動かす

 NPT再検討会議は五月末まで。核廃絶をめぐってどういう文書がまとめられるのかまだわかりません。しかし、日本から積み上げられた690万筆の署名を、再検討会議のカバクシュラン議長がじかに受け取り、開会あいさつで「我われは市民社会の熱意に応えなくてはならない」とのべました。
 日本原水協など世界のNGOが共同して開いた国際会議(5月1日)に出席したパン・ギム国連事務総長は、「核兵器禁止条約の締結をという考えへのみなさんの支持を強く歓迎する。核保有国に対し、NPT第六条(核軍縮義務)にもとづく全面軍縮条約交渉を追求すること、義務を果たすようよびかける」と、国連としての鮮明な立場を表明しました。
 プラハ演説でノーベル平和賞を受賞したオバマのアメリカをはじめ、核大国はいまだに「世界に核がある限り、抑止のために我われも持ち続ける」との核抑止論の立場を捨てていません。しかし、「核兵器廃絶を」の世論と運動は着実に前進しています。そのことが、今回の国連首脳の発言や行動にもあらわれています。

 裏方でも奮闘

 JMIUの各代表団員は、渡米前から署名などに奮闘。現地では行動の成功のために裏方として奮闘しました。
 船便での署名送付以降、団員が持参した署名は三千筆で総計一万筆を突破。その署名をはじめダンボール250箱分をトラックから下ろし、国連前の広場に積み上げ、パレードでは先頭でシュプレヒコールをあげ、翌日の公開シンポ(全体集会)では、地下鉄から会場までの道案内をかってでました。
 市内観光の時間を割いて最終日の朝におこなった、ホテル目の前のタイムスクエアーガーデン前での署名では、片言の英語にもかかわらず30分あまりで39筆が集まりました。

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