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核廃絶のうねり大きくー原水禁大会からNPTへ

原水禁大会開会総会で壇上に立つJMIU代表団 長崎 8月7日

 オバマ米大統領のプラハ演説「核兵器のない世界をめざす」で、「核廃絶を」との国際世論がひろがるなか開かれた今年の原水爆禁止世界大会。8月7〜9日の長崎大会には約8000人、JMIUは生熊委員長を団長に、通し行進者の矢部さん、松本さん、五十嵐さんなど53人が参加しました。
 総会オープニングでは、通し行進者とともに、「委員長を先頭に東京―広島間をリレーしたJMIU」と紹介され入場。リレー旗、各自治体首長らのペナントを持ち登壇しました。
 2日目には、被爆者のガイドで、原爆落下中心碑と浦上天主堂の鐘楼跡など原爆遺跡をめぐり、被爆体験を聞く企画も。「実際に見て話を聞いて、原爆のむごさを実感」などの感想が寄せられました。
 多くの参加者が楽しみにしていた軍艦島上陸は、波が出たため上陸できず、船上からの見学となりました。
 JMIUは、原水禁大会の成功を力に、来年5月のNPT(核不拡散条約)再検討会議(ニューヨーク)への代表派遣のとりくみをつよめます。

平和行進 リレー旗無事広島に到着

平和行進終結集会 広島・平和公園 8月4日

 5月6日、東京・夢の島「第5福竜丸展示館」前を出発した国民平和大行進は、8月4日、広島市・平和公園に到着。噴水前で終結集会がおこなわれました。同区間でのJMIUのリレー旗行進は、組合員で通し行進者の矢部常次さん、松本英治さんを先頭に、組合員が日々休暇をとり参加。一日も絶やさずリレーされました。
 行進の最後、広島県は解雇争議などを共同でたたかう金属反合の仲間が連日10人前後で行進。キャンプをはりながらの同行進には、岐阜県から行進し続けた中平猛さん、鶴田伸治さんも行動をともにし、交流しました。
 東京―広島間のほか、長野、福岡でリレー旗行進がおこなわれました。

原水爆禁止世界大会 長崎へ代表53人
平和行進 全国でのべ1,000人が歩く


 「核兵器のない世界」の実現、来年5月のNPT(核不拡散条約)再検討会議(ニューユーク・国連本部)に向け、世界的な運動のいっそうの前進をめざす原水爆禁止世界大会(8月7〜9日・長崎)に、JMIUから53人の代表が派遣されます。
 代表団は生熊委員長を団長に、全国11地方30支部からなり、うち長野・日酸TANAKA支部、京滋・カシフジ支部、大阪・日立建機ティエラ支部から複数の青年が参加するなど、10〜20代の青年が11人。今年はじめてJMIUの組合員・OBとして平和行進を通し行進しぬいた矢部さん、松本さん(東京―広島コース)、五十嵐さん(北海道―東京コース)も代表団員として参加します。
 7日の開会総会に続き8日には、草の根運動交流、遺跡めぐりと被爆体験などの分科会に参加。今春から上陸見学が許可された「軍艦島」にも上陸します。
 なお8月4日の広島へ向け全国津々浦々でとりくまれた今年の平和大行進には、リレー旗行進の東京―広島に通し行進の矢部さん、松本さんを含めのべ700人をはじめ、北海道・礼文島からの五十嵐さん、今年も80人以上で県下をリレーした長野や福岡など、全国でのべ1,000人が歩き、過去最高規模となりました。
 JMIUは、原水禁大会、平和行進の成功を力に、来年5月のNPTに向け、核兵器廃絶「新国際署名」を大いにひろげながら、ニューヨークへの10人以上の代表団派遣をめざし運動をいっそう強化します。


草の根の熱い思い感じつつ五十嵐さん東京に到着



最終日、東京・上野公園へと歩く五十嵐さん

 5月6日の北海道・礼文島から歩きはじめ、7月23日の東京・上野公園の終着点まで80日間。すっかり日焼けした五十嵐成臣さん(65歳・東京西部・リガク支部OB)が、無事、東京に返ってきました。
 都内二コースが終結した上野公園。約三百人を前に五十嵐さんは「『核兵器のない世界』をとのオバマ大統領のプラハ発言が全国の自治体首長などにも影響を与え、どこでも歓迎してくれた。各地を歩き、津々浦々で地道な、草の根の運動にふれることができた。オバマ発言は、私たちの長年の運動がつくりだしたもの」とのべました。
 リガクではいっかんして熱分析装置の開発製造、定年からの再雇用期間ではX線解析装置開発。通し行進中、新潟大学の関係者の「地質学科でリガクの装置を使っていますよ」に、誇りを感じたといいます。在職中は、「組合の前面に立つという感じではなかったけど、思いはねっからの金属労働者」。
 若いころからずっと地域で原水禁運動を続け、現役引退の際は通し行進をと決意していました。昨年、先を越さ渡邉さん(日本電子)にも触発されたといいます。
 今回、「歩くならJMIUの看板を背負って」と決意。出発前、生熊委員長から手渡されたJMIUリレー旗を各地でかかげ続けました。
 五十嵐さん自身は先頭で横断幕。リレー旗は地元の行進参加者に頼みました。「北海道では全動労争議団の人が『JMIU知っていますよ』と快くもってくれた」。途中でこわれたポールは国労の人が差し替えてくれました。
 行進で一番感動したことは、沿道の光景。長野では97歳のおばあさんが、車いすに座って行進を待っていました。新潟では、81歳の人が、車いすを押しながら、「この町内だけは歩かないと」と行進しました。「灯篭を持って出迎える人もいた」。
 五十嵐さんは、「長年のそうした人たちの思いがあってオバマ発言へとつながった。いい年に行進できた」といいます。


JMIU 過去最高の参加で行進中

リレー旗 岡山へ 26日 広島入り


 JMIUの東京―広島間のリレー旗行進は、7月16日、兵庫地本から岡山地本に引き継がれました。26日には金属反合の仲間が遠征する広島コースとなります。  ことしの行進参加者は同コース通し行進者の矢部さん、松本さんを含め五月六日の夢の島から七月七日の大阪まででのべ426人。矢部さん、松本さんを除いた各地方・職場からの参加でも昨年を30人以上回る336人と、過去最高の参加ですべてのコースが完全につながれ成功しつつあります。
 5月6日、北海道・礼文島から出発した通し行進者の五十嵐さんは、青森―秋田―山形―新潟と歩き6月26日に長野県入り。JMIUの組織がないコースでは、参加者に依頼してJMIUのリレー旗を掲げ続けてきましたが、やっと長野まで到着し地本の歓迎会。そこには青年の会議で長野にいた中央の田倉副委員長、三木書記長も参加し激励しました。
 五十嵐さんは7月15日に山梨から東京に入りました。檜原村、あきる野市から三多摩の各市町村をつなぎ、23日に上野公園ゴールします。
 東京―広島コースでは、静岡、愛知、京滋・大阪、兵庫、岡山でそれぞれ通し行進者の歓迎会がもたれ、矢部さん、松本さんを激励しました。
 矢部さん、松本さんは、愛知から飛び入りで広島までの行進を歩き続ける中原猛さん(22歳)、鶴田伸治さん(21歳)二人の青年とともに、毎日元気いっぱい歩き続けています。


リレー旗行進、兵庫県入り
JMIU 過去最高の参加で行進中!

 JMIUの東京―広島間のリレー旗行進は、7月7日、大阪から兵庫に引き継がれました。今年の行進参加者は同コース通し行進者の矢部さん、松本さんを含め5月6日の夢の島から6月26日の京滋までのべ352人。矢部さん、松本さんを除いた各地方・職場からの参加でも昨年を30人上回る250人と、過去最高の参加をかちとりつつ成功しています。
 北海道・礼文島から出発した通し行進者の五十嵐さんは、青森―秋田―山形―新潟と歩き6月26日長野県入り。JMIUの組織がないコースで、参加者に依頼してリレー旗を掲げ続けてきましたが、やっと長野でJMIUの仲間の歓迎会。そこには青年の会議で長野にいた中央の田倉副委員長、三木書記長も参加し激励しました。東京―広島コースでは、静岡、愛知、京滋・大阪で通し行進者の歓迎会がもたれ、矢部さん、松本さんを激励しました。
 8月4日の広島までもう少し。広島へは金属反合の仲間が向かいます。また、五十嵐さんは、長野から山梨を通って7月15日(水)に東京に入ります。


飛び入り通し行進者の2人の青年と。(7月7日 兵庫)


2009年国民平和大行進
東京―京都 全日程をつなぎ奈良・大阪へ


東京―広島間をつなぐJMIUリレー旗行進は、同コース通し行進者の矢部さん(神奈川)、松本さん(兵庫)を先頭に、東京から京都までの全コースがつながれ、6月26日、奈良県(大阪地本担当)に入りました。北海道から日本海―東京コースを通し行進している五十嵐さんは、同27日、新潟から長野県に入り、山梨を通って7月17日に東京に入ります。

岐阜・垂井宿、昼食休憩の松本さん(左)と矢部さん(右)


外国人労働者も参加(愛知・岐阜)


岐阜コースでは日系ブラジル人組合員も参加
 愛知地本では、5月31日から6月16日まで、愛知と岐阜の17日間の全コースを組合員が歩ききり、のべ42人が参加しました。毎年のことで、楽しみにしている人と、「またか」という人などいろいろ。ことしの特徴は外国人労働者も参加してくれたことです。
 平和行進を前に愛知支部では「平和と核兵器について」の学習会を5月24日に開催。NPT再検討会議へ向けて「アピール署名」を集めること、平和行進への参加、原水禁世界大会への代表派遣など、その意義を学習しました。
 6月7日(日)は名古屋市内集中行進。幹線コースだけでなく中川区コース、北区コース、熱田区コースなどから歩いて若宮ひろばの集会に参加しました。その後「折り鶴行進」がおこなわれました。
 夜は午後5時から民主会館でおこなわれた通し行進者の歓迎会に参加しました。今回の平和行進にはJMIUから神奈川地本・川崎支部の矢部さん、兵庫・トムソン支部の松本さんが東京から広島まで通し行進者として歩いています。JMIU愛知からは6人が参加。JMIUの他には若い人ばかりで大いに交流を深めました。二次会は名古屋名物「幻の手羽先」を食べに行きました。

五十嵐さん 新潟から長野へ


 6月6日に礼文島を出発して26日をかけ北海道内36自治体を訪問し、首長・議長・教育長などと面会、「核兵器のない世界を」署名(新国際署名)、2009年原水禁世界大会へのペナント、平和行進への募金をお願いし懇談しました。
 どこの自治体でも、核兵器廃絶、平和への願いは同じ。北海道では、首長や幹部職員の親兄弟が戦死するなど、戦争に行った人も多いのか、対場の違いをこえて理解していただきました。
 北海道というと、広大で、自然豊かなところ一般的にはいわれますが、戦後の炭鉱閉山からはじまり、農業の大規模・機械化とそれにともなう借金、減反など農政のツケを負わされ、農業の後継者もなく、かといって他に仕事もなく、若い人は外に出て行くとのこと。
 そうしたなかで平和行への参加は高齢者が多くなっているとのことですが、核兵器廃絶と平和への思いはとぎらしてはならないとがんばっていることに、頭が下がる思いでした。
 また国鉄の分割民営化の首切りと今もたたかっている全動労のみなさんが地元に帰り各地でがんばっていました。「JMIUはよく知っていますよ」と各地で気持ちよく持っていただきました。(北海道〜日本海・東京コース通し行進者 五十嵐成臣)


東京から広島


核兵器廃絶をの世論大きく
平和行進(JMIUリレー旗行進・東京→広島)スタート


 核兵器の廃絶を訴え、8月の広島、長崎に向け全国を歩く2009年原水爆禁止国民平和大行進が5月6日、東京・夢の島「第五福竜丸展示館」前(東京→広島コース)と北海道・礼文島(北海道→東京)からスタートしました。
 6日、夢の島出発行進には、あいにくの雨にもかかわらず東京、埼玉、神奈川の各職場から例年を上回る70人が参加。翌七日の、港区役所から品川、大田を経て川崎市役所までのコースには、東京南部地協の各職場と神奈川地本から26人が参加。阿部東京地本委員長から鵜養神奈川地本委員長にリレー旗が引き継がれました。
 全体で1200人が参加した初日の行進終了後、通し行進者の矢部常次さん(神奈川・川崎支部)と松本英治さん(兵庫・日本トムソン支部OB)を囲んで開かれた、原水禁世界大会(長崎)と平和行進の成功をめざす交流会には、安井原水協事務局次長、三輪うたごえ新聞編集長なども激励にかけつけました。
 矢部さん、松本さんは、「オバマ米大統領の核廃絶演説など、新たな局面。長崎の世界大会、来年五月のNPT・ニューヨーク行動成功に向け、90日間を元気に歩き続ける」(矢部)、「派遣切りとたたかうトムソンの青年の思いも背負い、うたごえを響かせながら歩き続ける」(松本)と決意をのべました。
 東京―広島間のリレー旗行進は、13日間の神奈川県全コースがつながれ、5月19日、静岡へと引き継がれました。



平和行進スタート


核兵器廃絶へ、今年も広島までリレー旗行進




5月6日 東京・江東区、通し行進者とともに



北海道・礼文島から東京へ
五十嵐さんもスタート


 5月6日朝8時、礼文町役場前で、行進の出発式。地元、宗谷教職員組合、全気象労組、北海道原水協に全労連の小松副議長、道内通し行進者の小川基弘さんと私、総勢15人。
 小松副議長は、「署名『核兵器のない世界を』を、組合員一人5筆、500万筆にとりくむ」、私は、「一日も早く核兵器を廃絶するために世論を広げる。礼文に集まったみなさんとともにその一歩をすすめる」と決意を語りました。
 集会後、港まで行進し、フェリーで稚内へ。11時には稚内総合文化センターで出発集会。9団体43人から激励を受け、南稚内駅まで行進しました。  気候は思ったより熱いくらい。いまのところ車での移動が多く、短いときは1日2〜3キロの行進という日もありますが、徐々に長くなっていくようです。5月いっぱい道内です。(北海道―東京コース 五十嵐重臣)


リレー旗も持ち行進


JMIUの通し行進者の日記は「平和大行進2009」
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